20170619

私に向かってテレビの中の人が「おはようございます!」って挨拶してくるけど今からおやすみなさい、ですが。おもしろさに明確な理由なんて要るのだろうか。頭でっかちだと指摘されまくり、感情は乏しくほぼ理屈で動いているという自覚もあるので、ただ感覚として「おもしろい」と思っているこの感じは大切なんだと考えていたのにそれはダメなのか。もうとっくに終わったことなんだけどふと思い出してしまう。終わらせたつもりなだけでやっぱり終わっていないことだらけ。どんどん山積みになっていってるのに、いつになっても一番下の本の存在を忘れることはなくて、また思い出して一番上に来る。下から上に、上から下に、上に、下に、ただ順番が入れ替わり循環し続けているだけでその本を読みきって手放すことはない。たぶん一生手放せないんだろう。何冊も背負って生きていくしかない。たとえ背負わされているのだとしても、それがノンフィクションである限り不条理にも私には背負う義務があるのだろう。まあ背負わせているのは、背負うことを義務付けているのは、紛れも無く自分自身なんだけどすぐ忘れてしまうからプンプンしてしまうなあ。これらの本燃やしていいかな??間違ってはないんだけど「そうじゃないじゃん?」って思うことが沢山あるね、「宝くじは買わなきゃ当たらない」みたいなそういう感じのことが沢山。間違ってはないんだけどね。それでいいのか?ってね。いいんだろうけど。私はよくないけど。もちもちを食べてにこにこしたい夜明け。

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